邱永漢さんの本を読むと、東京通信工業株式会社の株を1株50円で1000株、5万円で買って、死ぬまで売らなかった人の話が出てきます。死んだときの時価評価額は10億円になっていたそうです。『遠いと思うな、アジアの時代』(p.164)

「えっ、5万円が10億円になるの!」

と一見驚いてしまう話ですが、この話にはオチもあって、東京通信工業株式会社は1958年に上場するときには既に社名をソニーに改名していました。つまりこの人はソニーの社長を務めた盛田昭夫さんから「うちの株主にならんか?」と直接誘われて、上場前に株を買ったのであり、同じことは素人が真似できる投資ではありません。

さらにもうひとつオチがあって、現在の5万円と東京通信工業株式会社が設立した1946年、あるいは東証に上場した1958年の5万円とはその貨幣価値が全然異なります。

邱永漢さんの知人がどの時点で東京通信工業株式会社の株を買ったのかまでは書かれていませんが、設立時の1946年頃なら大卒の国家公務員の初任給が540円程度、上場時の1958年なら大卒初任給が13500円くらいの時代です。

現在の貨幣価値で少なくとも100万円、多ければ数千万円のお金を投資していたことになります。額面通り5万円が10億円になったと受け取ることはできませんが、ここから学べることもあります。

5万円が10億円になる過程でどういうことが起こったかというと、猛烈なインフレと高度経済成長が起こり、それに加えてソニーも世界企業になるまで成長するといった三重の変化がありました。

つまり、上場前にソニーの株を買うことは素人にはできなくても、上場直後のまだそれほど有名ではない時期に株式を購入して持ち続けていたら、相当な財産を築けたことは間違いありません。

ただ、前回述べたように、超一流企業になってしまった後の直近20年間はソニーの株を所有していても「とき既に遅し」だったことも分かります。

このような歴史的経緯を踏まえて、私の株式投資は概ね規模の小さいベンチャー企業に集中しています。