ある山の中の上場企業の子会社で、派遣で事務方の仕事をやっていたときのことです。子会社ということで、直接の顧客が訪問してくるということはほとんどなく、資材の搬入や外注先の出入りがあるくらいで、多少緩い雰囲気の会社でした。

私は製造部の事務職だったのですが、となりがおばあちゃんに近い年齢の総務のおばさんで、緊張感のない会社のため、いろいろと別の社員とおしゃべりをしている話がよく聞こえてきまた。

あるとき聞こえてきたぼやきがこんなものでした。

「まあ、社会保険を支払うとこれだけしか残らない。小さい子供もいるのにどうするのかしら?」

私はその会社で一年足らずしか仕事をしなかったのですが、病欠で長期間休んでいる社員が二名ほどいました。そのうちの一人、親会社から転籍になってきた休みがちの若い社員のことをいっているようでした。

「男の人だから、どんな仕事でも働ければどうにでも食べていけるんだけどねえ……(以下略)」

おばさん方のとりとめもない話は続いていきました。そのときに私が思ったことは、「社員と派遣の差は大きいけれど、働くと働かないの差は天と地ほどの差があるな」ということでした。

現代の日本なら、派遣だろうとワープアだろうと、とにかく働ければ衣食住に困るということはありません。しかし、ほんの100年くらい遡るだけで、丁稚と女中の時代になります。「とにかく食わせてもらえれば上等」というのが共通認識で、休日もプライベートもほとんどなく、薄給の長時間労働です。今のブラック企業など比較にならないくらい真っ黒です。

松下幸之助の回想録を読むと、小僧の頃に、自転車屋で朝の5時から夜の10時まで働いていたという話がでてきます。

女中の歴史と実態がよくわかる本です。やはり仕事は早朝から深夜までの長時間に渡り、休日もごくわずかだったようです。

これまで社員にしろ派遣にしろいろいろな会社を経験しましたが、どこの会社の社員もみな例外なく「給料が安い」と言っていました。しかし、世界を見渡したり、歴史的な視点に立つと、現代の日本の給料は超高いです。

つまり、働ける健康な体を常に維持しておくというのは、資産形成や貧困脱出の一番重要な生命線であると言えます。

私が山の中の会社で見かけた長期の病欠社員は二名とも私がそこで働いていた一年足らずの間に退職してしまいました。