私は学生時代一貫して人文科学系の学問を学んでいたのですが、これは半ば趣味に近い性質の学問でもあるので、これを研究して実社会で役立てるのは容易ではありません。実際には狭き門となる大学の中での研究職を目指すか、あるいは他の道へ転身するかしかありません。

私の場合、どうもこれは将来性がなさそうだという結論に至り、奨学金のおかげもあって、中国の大学院で博士課程までは進めたのですが、そこでドロップアウトして帰国し、かなり遅めの就職活動をすることにしました。

最初はこんなど田舎で働けるかと思い、関西圏などで就職先を探そうとしていたのですが、遠方な上に、ほとんど私がただの高齢無業者ですので、なかなか決まらないため、ハローワークで交通費がかからず気軽に面接に行ける近所の案件に応募し始めました。

すると、中国に輸出が増え始めた機械メーカーに運良く「中国語ができる」というただそれだけの理由でなんとか採用されました。当時の印象としては、朝のラジオ体操のときの平均年齢の高さをみて、「なんとか通常のレールに戻れたようだ」と感じたのを覚えています。

結局、このレールも自分から脱線してしまうのですが、この会社でも中国の高度経済成長に乗るチャンスはあったのでした。